アートセラピー
以前からアートセラピー(芸術療法)に興味があって、その中でも特に音楽療法について色々と調べていた時期があった。しかし、今では絵画療法の方に興味が向いており、セルフケアとしてたまにやっている。(自己流だけど・・・)
私は絵が下手で、中学生の時に美術は2を取ったことがある。
「そもそも芸術科目で点数や成績をつけるのってどうなの?」という疑問はその当時からあったのだが、そういう教育システムだったので仕方がない。(今はどうなんだろう?)
これもセルフケアの一環だが、現在、私は母の死に向き合ったり、自分自身に向き合ったりしている。その時に、小さい頃、絵を描くのが好きだったことを思い出した。おそらく、その頃から絵は下手だったのではないかと思うが、いつも母が褒めてくれて、私の描く絵が好きだと言ってくれていたので、それが嬉しくてずっと描いていたのを覚えている。そして以前にアートセラピーについて調べていたことも思い出した。「絵画療法というものもあったような・・・」、そこから絵画療法について少し学んでみたりもした。
絵画療法では、絵の上手い下手は関係なく、自分の思うままに感じるままに描く。アートを通じて自己表現をすることによって自分の感情や思考が解放され、心身の健康を回復させる。また、ストレスの軽減に繋がったり、リラックス効果もあったり、自己理解が深まったり、右脳が活性化されることによって創造性が促進されたりと、様々な効果があるとのこと。右脳の活性化は認知症の予防にもなるとか。何事もバランスが大事だが、脳も同じで、右脳と左脳どちらもバランス良く使った方が良いらしい。私は、職業柄、左脳を使うことの方が多かったと思うので、これを機に右脳を活性化させて、自分を解放し、もっと楽な気持ちになれたらいいなという思いから、たまに絵を描くようになった。技術がないので思うように描けないこともあるが、そこは気にせずに、自分の描きたいように思うままに描いている。
絵を描いているうちに塗り絵も好きだったことも思い出した。
なので、塗り絵もするようになった。何だかとても楽しい!
絵を描いている時や塗り絵をしている時は無心になれる。余計なことは一切考えない。そして気が付けば心も身体もスッキリ!どうやら私には合ったセルフケア方法のようだ。
もちろん、アウトプットだけでなく、美術館に行って色々な作品を見てみたり、音楽を聴いたり、映画や舞台を見に行ったり、小説を読んでみたり、などなど。芸術に触れることには様々なメリットがあるようだ。
自分で書いていて、「そういえば、最近、映画を見たり、小説を読んだりしていないな」と思った。特に小説は長らく読んでいない。三島由紀夫、川端康成、谷崎潤一郎、夏目漱石、芥川龍之介、などが好きなので、久しぶりに読もうかな!
毎日多忙な中で時間を見つけるのは難しいかもしれませんが、ほんの少しの時間でも、皆様も芸術に触れて少し息抜きをされてみてはいかがでしょう?
心身の異変
寝る前に小腹が空いて、「身体に良くない。太ってしまう。」と分かっているのに、つい食べてしまうことがある。私の場合、「お腹が空いて眠れなかったらどうしよう」という思いから食べることを選択することが多いのだが、この「眠れなかったらどうしよう」は、眠れなければ次の日に響くからである。しかし、次の日が休みの日でも同じように「眠れなかったらどうしよう」と思ってしまう。
それはなぜ?
ある人との会話から、もしかしたらこれは子供の頃からの不眠症に関係しているのではないか?という話になった。
小学2年生の時に不眠症になった。子供の頃は「眠れない」と言ってよく泣いていた。「眠れない」と泣いても、母は仕事で疲れているため、相手にしてもらえなかった。子供ながらに母が仕事で疲れているのは理解できていたし、母を寝かせてあげたい気持ちもあった。しかし、眠れないと不安になる。泣いても助けてもらえないから余計に不安になる。どんどん時間が過ぎる。家族の中で起きているのは私だけ。不安で不安で仕方がない。寝ている母には申し訳ない気持ちいっぱいで、勇気を出してまた声をかけてみる。すると「もう、うるさい!目閉じてたら寝れるから。静かにして!」と怒られる。そして、また泣く。そうすると、祖母が「どうしたの?」と起きてくる。そして、私は祖母に「眠れない」と泣きながら言う。祖母が私をリビングに連れて行き、ホットミルクを入れてくれる。私が眠くなるまでずっと一緒に話をする。話の内容はいつも他愛もない話。そして、私は落ち着いてきて眠くなって寝る。
小学3年生くらいまでは、こういったことは日常茶飯事だった。小学4年生くらいになれば、眠れなくても泣くことはなく、漫画を読んだり、音楽を聴いたりして適当に過ごすことが出来るようになった。大人になった今でも不眠症のままでもう慣れてしまったが、やはり眠れない日が続くとしんどい。
この頃から不眠症以外にも異変が起き始めた。
私は父と母と暮らしていたが、諸事情により、私が小学生になるタイミングで母方の家族(曾祖母、祖母、叔母)と一緒に暮らすことになった。今まで3人しかいなかった家族が6人になり、私は嬉しくてはしゃいでいた。しかし、母方の家族との同居が始まってから2~3ヵ月で父は家を出て行った。元々、両親は不仲で、それまでにも離婚危機は何度かあったようなので、母方の家族と同居していなくても結果は同じだっただろう。正直、父のことはそんなに好きではなかったし、平日は朝早くから夜遅くまで仕事、休みの日もあまり家にいなかった。だから父が家からいなくなってもそれまでと差ほど変わりはなかったのだが、そんな父でもいなくなったらいなくなったで寂しかった。寂しさを感じる自分のことが不思議だった。母からは仕事の関係で父は別のところに住んでいると聞かされていたが、今思うと、物心がついた頃から両親の不仲を見ていたので、母の言葉を素直に信じている反面、無意識の中では「もしかしたらこのままもう3人一緒にはいられないのかも」という思いがあり、それが寂しさに繋がっていたのかもしれない。
その寂しさが喪失感へ、そしてそれはやがて空虚感や虚無感になっていった。
物欲がなくなったのも、不眠症を発症したのと同じ時期の小学2年生の時だった。母方の家族は割と裕福だったため、欲しい物は何でも買ってもらえた。両親と3人で暮らしていた頃は、欲しいものを買ってもらえるのは誕生日とクリスマスだけで、普段は何も買ってもらえなかった。なので、最初は普段から何でも買ってもらえることがとても嬉しかったのだが、自分が大好きな物に囲まれているのに何も楽しくない、ちょっといいなくらいに思った物でも何でもすぐに買ってもらえるのに、買っても買っても満たされなくなっていった。満たされないどころか、買えば買うほど寂しさや虚しさが増した。そして、「お金や物は私のことは助けてくれないんだ」と思うようになった。
学校に行きたくないと思うようになっていったのも同じ時期の小学2年生の時だった。学校で特に嫌なことがあるわけでもなく、学校に行きたくない理由も見つからない。なのに学校に行きたくない。考えても考えても分からない。「学校に行きたくないなんて言ったら、ママ心配するかな」と思っていたが、本当に学校に行きたくない日があったので、「学校に行きたくない」と勇気を出して言ってみた。
母「どこか具合悪いの?」
私「ううん」
母「何か、学校で嫌なこととか困ってることでもあるの?」
私「ううん」
母「そっか」
私「なんか、よくわかんないんだけど、疲れた」
母「疲れたの?何に疲れたの?」
私「わかんない」
母「体のどこかが疲れてるの?」
私「うーん、心?なんか、心が疲れた」
母「・・・!」
私「・・・」
母「それは大変。うん、今日は学校休もうね」
もう随分と昔のことだが、こんな感じの会話だったと思う。母も祖母も曾祖母も叔母もこの私の「心が疲れた」を否定もせずにしっかりと受け止めてくれたことに対して、その当時の私はまだ心にも病があることを知らなかったので、この出来事が意外で驚いた。それと同時に、「病気じゃないのに学校休んでもいいんだ」と安心したことを覚えている。
不仲な両親にいつも気を遣っていた私は、物心がついた頃から、何とかその不穏な空気を変えようと、何とかその場を楽しませようと、いつも明るくおどけてみせていた。父と母が少しでも笑ってくれるように。少しでも仲良くなってくれるように。「パパもママも幸せそうじゃないのは、もしかして私のせい?」そんな風に思うこともあった。子供の私は子供なりに出来ることは全部してきたつもりだった。でも、私の努力は虚しく、父と母は私が小学3年生の時に離婚した。そこからさらに私の心身に異変が起きていった。
小学生の間は、異変は主に身体に現れた。(①食べ物や錠剤が飲み込めない/飲み込んだら詰まって死んでしまうという恐怖心に襲われる ②片方の耳が聞こえにくくなる ③瞼や目の下がずっとピクピクする ④瞬きの回数が多くなる ⑤喉にずっと何かがつっかえている感じがして苦しい ⑥口渇/唾液が出なくて苦しくなる、など)
中学生になると、自分の中に違和感を覚えるようになっていった。「自分の中の何かがおかしい。何かの病気なんだろうか?」よくそんなことを考えていた。でもその違和感の原因が具体的に何なのか、よく分からなかった。それが何なのか知りたくてずっと気持ちが悪かったが、大人になって仕事や日々の生活に追われていくうちに、自分が抱えてきた違和感や生き辛さのことは放置するようになり、そのうち私の記憶・心の奥底にどんどん押し込まれ、とうとう見えなくなってしまうところまで来ていた。
何とかギリギリ間に合ったかな?
私は、今、自分がずっと抱えてきた違和感や生き辛さにようやく真剣に向き合っている。普段忙しくしていると思い出さないこと、もう忘れかけていること、そんなことを思い出しながら今までの人生を振り返っている。過去は過ぎたことなので変えられない。過去のことをクヨクヨ考えてもいない。自分の過去を振り返ることで様々な気付きがある。そしてそれは自分を取り戻すことにも繋がる。自分を取り戻すことによって私の未来は拓かれる。
自分て何なんだろう?
私は、自分が何なのかよく分からない。
自分のことを理解しているようで理解していない部分があって、それが何なのかもよく分からない。
心身共にボロボロになるまで働いて、命の危険すら感じて、「私はこの会社のために、この仕事のために死ねる?」と自問していた。「ここで死んだら何のために今までこんなに必死にやってきたんだ。ここで辞めるのは悔しい。けれどもうこの状態から解放されたい」そんな思いを抱えながら、結局、会社を辞めた。心も身体ももう何年も前からとっくに限界を超えていたんだ。
会社を辞めてから、少し時間に余裕が出来たせいか、今までの自分を振り返ることが多くなった。そして、私は、今まで自分自身と向き合っているようでちゃんと向き合えていなかったことに気が付いた。自分と向き合うのが怖くて、見て見ぬふりをしてきた。自分の本当の声にも耳を傾けてこなかった。自分の心の声は単なる甘えだと思って、いつも自分を叱っていた。「こんなことでへこたれてどうする!?」「こんなところでもう満足?まだまだでしょ!?」と自分を追い込んで、自分を責めて、自分のことをほとんど褒めたことがない。
「本当に今までよくやったね。もう十分だよ。本当にお疲れさまでした。これからはもっと自分のやりたいことをやろうね」と自分を労った。もしかすると社会に出てから初めてのことだったかもしれない。
涙が止まらなかった。
幼少期から抱えているこの生き辛さと違和感、他にも自分で自分が理解出来ない部分がある。これからの人生をより豊かに、そして、もう少し楽な気持ちで生きていけるようになるために、私は自分自身としっかりと向き合うことにした。